タイのバンコクで、インドのムンバイで、韓国のソウルで。いなば食品の商品は、いまや国境を越えて棚に並んでいる。
静岡県の小さな港町、由比で海産物商として始まった会社が、なぜここまで世界へ広がったのか。
その歩みをたどると、老舗が早くから海外へ目を向けてきた、一貫した戦略が見えてくる。
輸出はみかんから始まった
いなば食品の海外との縁は、意外なほど古い。明治から大正にかけて、静岡特産の生みかんをカナダへ輸出していた記録が残る。
「ヤマニ印」のブランドで行われていたこの事業は、当時としては先進的な取り組みだった。海外市場を見据える発想は、創業期から流れている。
海の恵みや農産物を扱う中で培われた品質への意識が、後の海外展開の土台になった。輸出は、同社にとって特別なことではなかった。
一世紀以上前から世界を見ていた会社が、グローバル化の時代に強いのは自然なことだ。
中国・青島という最初の拠点
本格的な海外進出の起点は、2004年の中国だった。青島に100%子会社の「青島稲進有限公司」を設立している。
現地に自社の製造拠点を持つことで、品質を管理しながら市場を広げる体制を整えた。単なる輸出ではなく、現地生産への踏み込みである。
グループの拠点や事業の広がりは、いなば食品の公式サイト でも紹介されている。アジアを軸とした展開の出発点が、この青島だった。
最初の海外拠点を選ぶ判断には、その後の戦略が凝縮される。いなばはアジア市場の成長を早くから見込んでいた。
タイが担う生産の要
海外戦略の中で、特に重要な役割を果たしてきたのがタイだ。2006年に現地法人を設立し、生産拠点を築いた。
「いなば ツナとタイカレー」や「チキンとタイカレー」は、タイで生産されている。現地の食材と製造力を生かした商品群だ。
2009年にはペット向けの現地法人も設立し、2020年にはタイ第二工場が稼働した。生産能力の拡大が続いている。
原料の調達から製造まで、現地に根を張る。タイは、いなばのグローバル戦略の屋台骨になっている。
韓国、インドへと広がる版図
展開はアジア各国へと続く。2019年には韓国に「INABA Foods Korea」を設立した。
2021年にはインドに「INABA FOODS INDIA」を設立。巨大な人口を抱える成長市場へ、布石を打っている。
国ごとに食文化やペット事情は異なる。それぞれの市場に合わせた商品づくりが、現地法人の存在意義でもある。
一国一拠点を着実に積み上げる。派手さはないが、長期的に市場を耕す堅実な手法だ。
ちゅ〜るが越えた国境
海外展開を象徴するのが、ペットフードの「CIAOちゅ〜る」だ。日本で生まれたこの商品は、世界各国の飼い主に受け入れられている。
2018年には「CIAO」ブランドがWorld Branding Awardsの「ブランドオブイヤー」を受賞。国際的なブランドとしての地位を確立した。
商品の世界観は、いなばペットフード の公式サイトでも発信されている。猫と犬を喜ばせる発想に、国境はないという証明だ。
一本のスティックが、言葉の壁を越えて受け入れられる。普遍的な価値を持つ商品が、海外展開の最強の武器になる。
グループ買収で広げる足場
海外だけでなく、国内でもグループの足場を広げてきた。2020年には株式会社スマックの全株式を取得している。
2021年にはヤマガタ食品の全株式を取得。事業領域とグループの製造基盤を着実に拡大させた。
自前の成長に加え、M&Aによる強化を組み合わせる。スピードと規模を両立させる現実的な戦略である。
国内基盤を固めながら海外へ攻める。攻守のバランスが、グループ全体の安定成長を支えている。
売上一千億円突破という到達点
こうした展開の結果、2022年にはグループ全体の売上高が初めて1000億円を突破した。
静岡の港町の海産物商が、世界規模の食品グループへと成長した瞬間だ。輸出から始まった一世紀の歩みが、数字として結実した。
国内市場の成熟が進むなか、海外比率の高さは将来の成長余地を意味する。世界へ出た判断が、いま実を結んでいる。
1000億円は通過点に過ぎない。いなばの視線は、すでにその先へ向かっている。
世界トップを見据えて
いなば食品は2031年に連結売上高1兆円、海外比率八割という目標を掲げる。主力のペットフードでは世界トップ3入りを見据える。
さらに2038年には、販売2兆四000億円という数字も示している。世界の頂を本気で目指すという宣言だ。
由比の海から始まった会社が、世界地図の上に拠点を増やし続けている。その地図は、これからさらに広がっていく。
海を越える老舗の挑戦は、まだ途上にある。次にどの国の食卓へ届くのか、その展開が注目される。

